留学レポート ファミリーチェンジで再出発


初めて言葉の通じない世界に不安と期待を胸に飛び込み、5ヶ月が過ぎた。私は、誰もが幸せに暮らせるような未来を創るために、何かヒントを得たいと思い、フランスにやって来た。

思っていた通り、言葉の壁は大きい。でも、その中で、私は"笑顔"の大切さを知れた。私は人々の笑顔にほっとし、助けられた。人は生まれながら、誰かを幸せにする道具を持っていることに気がついた。
私のつたないフランス語とジェスチャーの醜い表現の中から私の伝えたいことを受けとめてくれる人がいる。そこに言葉の壁を越えた、相手の気持ちを理解する何かが生まれる。人間の持っているちからを知れた。

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留学して3ヶ月目に私はファミリーチェンジを決意した。私にとってフランスに来ることは決して簡単なことではなく、自分との葛藤、周囲の反対もあった。しかし、実際の留学生活に満足できず、悔しかったから。自分ではどうすることもできず、涙が止まらなかった。また、日本で応援してくれる人に申し訳ないと思い、その人のためにもきちんと向き合おうと思った。
思っていた通り、簡単なことではなく、ファミリーチェンジまでに2ヶ月かかった。結局、ファミリーチェンジと共にスクールチェンジ、支部チェンジをすることになった。この2ヶ月間、どれほどの人に助けられたことか。クラスメイト、ホストスクールの先生方、日本の友達、そして日本の家族。自分は一人じゃないと強く感じた。また、私は自分の人生を生きていると思えた。

この辛い2ヶ月の間に、日本の父に"心を空しくしなさい"と言われた。正直、今でもはっきり意味はわからない。しかし、とりあえず、こうして異国の地で生活できていること、全てのことに感謝をしようと思った。私は誰もが幸せに暮らせる未来を創るために、今は自分の幸せを創っていると気がついた。決して簡単なことではなかった。

高校のクリスマスパーティ

新しい家族と会うために、クラスメイトに別れを告げた。一人ひとりにメッセージカードを書いた。すごく喜んでくれて、嬉しかった。わざわざお礼を言いに来てくれる人もいた。私の気持ちを理解して応援してくれる友達ができたと思い、本当に嬉しかった。また再会することを約束し、新幹線で今までいた南フランスを去り、中央フランスへ移動した。新しい家族の名前と降りる駅の名前だけ知っていた。
新幹線の中で、隣に座っていたおばさんと話しながら、チーズとフルーツを一緒に食べた。誰でも気軽に話しかける。新幹線では全ての荷物を一人で運ばないといけなかったが、まったく知らない人が手伝ってくれた。それがフランス。確かに、日本と比べてしまうこともある。私は日本人。やっぱりどこかに日本人の精神はある。驚くこともたくさんある。でも絶対に嫌いにならない。それがフランス。
新幹線を降りると、私の新しいお父さんとお母さんが待っていた。駅から家に向かう車の中で、とてもうれしいと伝えると、私たちもあなたを受け入れられてとてもうれしい、と。そして、家につくとホストシスターが「ようこそ はるきさん」と日本語で迎えてくれ、部屋にもそう書かれた紙が貼られていた。
新しい学校も、家族の粋な計らいで、街の中心の大きな大聖堂の隣の学校を選んでくれた。できるだけ多く、フランスが知れるように。新しい友達もいつも一緒にいてくれる。自分を信じてよかったと思う。

ホストシスターとパリにて

残り残された5ヶ月間、私は何ができるのか分からない。新しい街、新しい家族、友達。全てがそろっている。だからこそ、どうしていいのか分からない。もちろん自分だけのちからではないが、自分で手に入れたこの環境の中で、私はどうするべきなのか。
留学をしようと思ったときから始まる、留学生活。さまざまな疑問や葛藤がある。まだまだたくさん自分ができることはたくさんあるはず。自分を信じて自分らしさを探そうと思う。


2013年3月 フランスより
AFS59期生/AFS地域奨学生(島根県) 松本春希

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