留学レポート フランス人の日本人


「留学羨ましい、楽しそう!」フランスに行く前いつも耳にしていた言葉です。当時の僕はその言葉に対してそうは思っておらず、むしろ時期が迫るにつれこの言葉と真逆の感情を抱いていました。不安でいっぱいで自分に自信もない、そんな自分でした。
 それから約1年が経過しました。単位修得が認められ無事高校3年生に入り、以前からの友達と過ごすことが決まり嬉しいと同時に、1年で友も変わり、学校の教室には受験の雰囲気で満たされた空気が充満しています。話さずとも友の変貌ぶりに驚いていますが、自分はそれ以上に自分が変われたと自負しています。

僕はフランスの北端の地域に住んでいました。そこは緯度が約50度、ベルギーまで車で2時間、ロンドンまで新幹線で2時間、ほかの国に近い場所です。常に雲がどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうな空が毎日で、むしろ晴れることが珍しい場所です。冬はとても寒く、昼間でさえもマイナスの世界で、6月、7月でさえ長袖着用の日もありました。広島とは全く違う環境でした。
その北の地域はフランスの中でも野蛮な地域と言われているそうです。独特のアクセントで話すのもとても早く、アルコール中毒で頭がいかれた奴が住む場所、そう言われていますが、実際そんなことは全くもってありません。そして僕にとって故郷と言っても過言ではない、そんな場所です。

日本人の美徳―感情をすべて表に出さない。言いたいことを全ては言わない。フランスはそんな日本と真逆です。感情を真っ向から誰かにぶつけて、言いたいこともしっかり言う国です。一番僕にとって衝撃だったことは、挨拶の際にキスをすること、言葉だけでは言い表せられない感謝の気持ちを示す際にもキスをすることです。
フランスに着いたばかりの僕は、恥ずかしくてほぼ誰とも挨拶をしていませんでした。それが帰国寸前になると挨拶、感謝のキスだけでなく、ありがとうというシチュエーションの度にキスをするようになり、友人からはキス魔と呼ばれるまでになってしまいました。でもフランスは男女間の精神的距離が近いのでキスやハグをすることも別に気狂いな事として見られません。
それに加えて僕は元から嬉しいこと、悲しいこと、悔しいこと、怒ること、その度々で泣いてしまう人です。それに反してフランス人の中の日本人イメージ。それは「無感情・勤勉」です。加えて僕の口癖は“お腹が空いた”“眠たい”“疲れた”というわけで勤勉でもない。最終的に僕は髪の毛も金髪に染めてしまい、とうとうホストファミリーには日本人の欠片もないと言われました。嬉しいことにホストファミリーからは“フランス人の日本人”という称号を頂きました。僕自身、日本の甲斐康輝とフランスのKai Kokiは完全に違うと思います。

 この1年の間、1ヵ月でさえ友人関係の悩みを持たなかったことはありません。それは友人がフランス人、年下、男子であるということ。特別僕は男子と接するのが苦手なタイプなので、今まで手を伸ばしたことのない存在でした。しかしこの1年間、それもまたひとつの挑戦と思い接するよう心がけました。彼とは幾度となく問題を抱え、お互いがお互いに傷ついたりもしました。その度周囲の人は「友達は選ぶもの、変えなさい」と言いました。その一点張りでした。しかし僕も頑固な性格なもので絶対に変えない。フランス語が話せない頃から彼は僕といてくれたから。そんな思いで多くの問題に直面しましたが、今ではフランスでできた一番の友達、僕の人生で初めて、心から自信を持って男子の親友といえる関係を彼と築けたことを嬉しく思います。

留学、それはある一種の憧れでもあるでしょう。周りからは楽しそう、始まるまでは夢のような日々の毎日と思われることも少なくはないでしょう。
僕は断言します。「留学とは自分との戦い」だと。想像以上に言語の壁は高く、文化への適合は困難です。更に今まで頼りにしていた人と近くで寄り添えない、自分の想いも完璧に伝えられない。個人ごとに問題は違うでしょう。
しかし今僕が留学して良かったと思える理由は、自分自身と戦い、僕を取り巻く人々への感謝の気持ちを忘れずこの1年間を乗り超えたという事実が、僕の誇りになり更に自信へと繋がったことです。そして1年を過ごした証として今のフランス語の力が僕の周りへの一つの証明になります。
苦しかったけれど今は最高な至高の時間を過ごせたことを、親に、友に、ホストファミリーに、奨学金を下さった広島市に、そしてAFSに感謝の気持ちを述べたいです。ありがとうございます。

 最後に、先述の通りフランスの北地域に住むことを、そこに住んでいない人は嫌がります。よってもし住むことになった場合、人々は住むことを嫌がり泣きます。しかし北地域から離れる場合、彼らはそれを悲しみ泣きます。僕も同じです。フランスに着いた時、不安でいっぱいで泣きました。しかし離れるとき、離れるのが嫌で泣きました。皆には最後の最後まで泣き続けたKai Kokiではいましたが、僕の留学は喜怒哀楽で満ちた一年でした。この想いを記憶の彼方になくすことはなく、これからの生活でいつの日か、僕に関わった全ての人へ恩返ししたいと思っています。

2012年7月 フランス派遣
AFS58期生/広島市高校生交換留学生奨学生 甲斐康輝

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